江戸時代から続く谷保の台所その1

くにたちって、日本で4番目に小さい占有面積の自治体といわれてますが、南へくだると首都圏へ流れる大河の多摩川にぶつかるのです。
多摩川の度重なる氾濫は流路を幾度か変えていきました。くにたちは、多摩川がつくった3つの段丘によって形成されてきた地形にあります。

水を求めて人間が住み始めた古代から、多摩川の沖積低地では水田が営まれていたようです。
谷保田圃といわれるエリアもその一つで、多摩川の水やハケから湧き出る地下水を活用した稲作をおこなっていました。

江戸時代に府中用水路ができてからは、谷保の米田圃は安定した米の供給地と江戸では認知されていたとのこと。
この府中用水、2006年に東京都で唯一の農林水産省認定の疎水百選になっています。

多摩川流域の府中用水取水樋門の脇
多摩川流域の府中用水取水樋門の脇。ここから谷保田圃や是政田園へ多摩川の水が流れていく。
府中用水取水通門が開く直前の谷保堰。堰とは水量を調整し、分水口にもなる。
府中用水取水通門が開く直前の谷保堰。堰とは水量を調整し、分水口にもなる。昔はここらあたりまで多摩川が流れており、旧土手跡といわれている。

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クリムゾンクローバーの緑肥が満開
緑肥としてクリムゾンクローバーを育て、土地に栄養を与えているところではもちもちと甘い米が育つ。

6月半ばの用水路。府中用水が湧水などと合流する矢川おんだし。なみなみとした水が各水田へ流れていきます。本当は用水路に入って遊ばないほうがいいのではないかしら。
6月半ばの用水路。府中用水が湧水などと合流する矢川おんだし。なみなみとした水が各水田へ流れていきます。本当は用水路に入って遊ばないほうがいいのではないかしら。

1haが約3000坪で10反。10haといったら、100反。通常、米専業農家は少なくとも10haの土地が必要といわれます。

今は20数軒となってしまった谷保農家。東京のおへそに位置する国立で10haもの農地を保有するのは難しいこと。
それでも、農家さんは次世代へ農ある暮らしをつなげようと、谷保米と野菜の兼業をされて、頑張ってます。
二毛作です。

基本、自宅向けが中心の稲作かもしれませんが、天神米というブランド米を市場にだしている農家もあり、
私たちも東京の米の味を楽しめるのです。 ⇒平成27年度では自給的農家51%、販売農家49%となっています。

6月半ばの稲。 谷保の田植えは全国的に1カ月遅いといわれてます。ハケからの湧水がまだまだ沢山利用できた頃からの習慣です。かつては、湧水を直接水田に流すと冷たすぎるので、1カ月ほどコメケに貯めてから流したそうです。
6月半ばの稲。 谷保の田植えは全国的に1カ月遅いといわれてます。ハケからの湧水がまだまだ沢山利用できた頃からの習慣です。かつては、湧水を直接水田に流すと冷たすぎるので、1カ月ほどコメケに貯めてから流したそうです。

小堀は農家さんが各自掘る。
小堀は農家さんが各自掘る。

7月30日の稲。用水の掃除もおわり、8月には田圃の水をぬき、地を乾かす。キヌヒカリが中心の谷保田圃では、水抜きは1回ですむ。
7月30日の稲。用水の掃除もおわり、8月には田圃の水をぬき、地を乾かす。キヌヒカリが中心の谷保田圃では、水抜きは1回ですむ。

9月18日の稲穂。頭を垂れる。青くて初々しい。
9月18日の稲穂。頭を垂れる。青くて初々しい。

府中用水の水が止まった9月半ば
府中用水の水が止まった9月半ば

土を乾かしつつ、色づいてきた稲穂
土を乾かしつつ、色づいてきた稲穂

確実に府中用水取水口の門は閉ざされ、用水はとまった。あとは、湧き続ける地下水が流れていくのみ。
確実に府中用水取水口の門は閉ざされ、用水はとまった。あとは、湧き続ける地下水が流れていくのみ。
谷保で一番勢いよく湧く水の源泉はママ下湧水公園にある。
谷保で一番勢いよく湧く水の源泉はママ下湧水公園にある。