立川段丘と武蔵野段丘にみる古代のくらし

武蔵野雑木林を歩く
武蔵野雑木林

これからもいろいろな場面で国立の昔を想像してみたいと思います。

ハケ沿いの竹林。ローム層の下のじゃり層が見える。
立川崖線ハケ沿いの竹林。ローム層の下のじゃり層が見える。

ハケの断面。じゃり層がみえる。
ハケの断面。じゃり層がみえる。

縄文時代に人が住み着いた「下谷保遺跡」周辺からまず、歩いた。万葉集にでてくる多摩川が長い年月をかけて作ってきた河岸段丘が3段階に国立を形成する。下谷保遺跡は立川段丘層へあがるハケ沿いにあった。

地形や植生の説明をきき、ローム層の下にじゃり層があり、地下水が深くから湧き出てた様子や木の実をスタンプ型石器でつぶしたり、イノシシを捕獲したり、川で魚をとったりと過ごす人々。

太古の昔、農業がはじまる前から人間が資源豊かで肥沃な当地で安定した暮らしを送っていたなんて、当地を誇りに思えた。谷保ってそんな土地だったのか。。。

一方で、国分寺崖線へとあがり、甲州街道沿いにある武蔵府中熊野神社へ行くと、すでにヒエラルキー社会が形成されているのがわかる。7世紀頃の古墳を復元したものだが、切石積みでこ~んなに滑らかな曲線を表現する技術。古墳ということは当時の権力者の墓であろう。どれだけの労力と財力を使って、このような頑丈な墓を作ったのだろうか。

流線型が見事な武蔵府中熊野神社古墳
国内最大・最古の上円下方墳。石はもちろん、多摩川から運んだようだ。7世紀の多摩川沿岸はどこらへんにあったのだろう?

そしてお楽しみのお弁当。古代に思いをはせて作ってくれた発酵弁当。発酵料理を研究する醸せ師の岩崎里古作です。

hacorico発酵弁当

ランチの後は国分尼寺を通って、西国分寺駅で解散。東国随一の古代道もあり、いろいろな発見があった。古代妄想も一人で歩くより、知識豊富な究め人と歩くと、確実な古代妄想になる一日だった。