料理を楽しんでくれるお客さんと出会いたい。宮野雄治

武蔵野の自然豊かな町でした。

魚の店みやの店主 宮野雄治
子どもの頃は羽衣町の四軒長屋暮らしで、10軒に一つの共同井戸と、風呂も最初はドラム缶でした。その頃国立駅に北口はなくて、全部雑木林。西もほとんど雑木林。郵政研修所のグラウンドの土手に雪が降ると滑り下り、一橋大学構内も五商(都立第五商業高校)の校庭も入って遊んでました。多摩川でも泳いだし、自由な時代でしたよ.今は子供たちに外で遊べといっても「どこで遊ぶんだ」ってなっちゃうけど、当時は本当に自然がいっぱいありました.国立の町自体発展するのはいいけど、子供の遊び場はどんどん奪われていきましたね。外で自由に遊べるような環境が子どもにはすごく必要なんじゃないかなと思いますよ。

高校時代の宮野雄治さん
高校時代の宮野雄治さん