静岡県富士の裾野から谷保へ嫁いできました。 佐伯安子その2

お組合という風習

くにたちの暮らしを記録する会主宰 佐伯安子
昭和35年頃の谷保にはまだ「お組合」という習慣が残っていました。谷保は農村地帯だったので江戸期からある「五人組」制度の流れを引き継いでました。 特に久保地域は最後まで残っていたエリアです。お組合というと「近所づきあいが大変ね」と今でもいわれますが、葬儀のときはとても心強いものでした。当時の葬式はまだ家でとり行なっていましたので、お組合の家でどなたか亡くなると、その晩からすぐそのお宅へお手伝いにいきます。それはそれは 見事に役割分担されてました。お葬式の知らせは「人をだす」といって、若い男衆が夜でも長老宅へお知らせに走ります。長老が仕切りを全部紙に書き出して 采配をふるうのです。

民具案内で解説をする安子さん
民具案内で解説をする安子さん