高田義一郎公式カタログを作ろう!

【旧高田邸と国立大学町~85年の物語】

ふうっ、とうとう終わってしまいました。
205年3月16日~25日の期間中、新発見ばかりでした。

高級住宅街にそびえ建つ一軒家。以前は竹林に囲まれ、ミステリアスな雰囲気が漂う古民家でした。ここはなんなのかしら?と不思議に思いながら通り過ぎる方はとても多かったようです。が、最近、庭の木が伐り倒され、古民家の全望がくっきりすっきり。古民家よりは、旧宅と呼ぶにふさわしい佇まいです。

家主は大学町創生期の昭和4年、雑木林だらけの開拓途中の土地に移り住んだ文人医師の高田義一郎。国立駅前から天空へと延びるような一本の大通りに魅せられ、赤坂溜池にあった小児科医院を閉めてまで当地に居を構えたと聞きました。

義一郎の建てた文化住宅を26名ほどの専門的診断で調べ尽くしたのは一社団)住宅医協会。会期中、2階の一室はその調査報告でいつも満員御礼でした。写真が撮れない撮れない。専門家の酒井哲氏によると、当邸宅が建った頃には現建築法がなかったわけだから、診断して手を入れれば、十分にまだまだ住める家だそうです。

個人的に好きだったのは、家主が衛生面に気を使い換気に留意したつくりと家族向けに収納場所を工夫したインテリア。ガラスばりで太陽の光を活用した部屋の数々。そして、水平線と角角感を活かした外観。室内にはまあるい電球笠やR型アーチがあったり。相当、家主が口をはさんだ感が伺えます(笑)。でも、それまで住まい方に関してでてこなかった発想を取り込んでいる家族世帯向け文住宅。さすが義一郎さん。いや、お会いしたことはないですが。

このイベント、大人の遊びが功を奏したのは間違いない!

近隣住民から大変高い関心を持たれていた高田邸をどのように見せていくか。少しでも多くの記憶にとどめていただきたいということでコンセプト作りから始めた国立本店の有志。もちろん、当プロジェクトは編集者や住民などの有志も一緒に動いていましたけど、見せ方のプロ、いわゆるアートディレクションがなければ、ここまでは。。。そこで共有したコンセプトが「文人医師の高田義一郎の業績を洗い出しながら、国立の文化に新しい灯をともそう」みたいな。

1階の中央広間では国立大学町の成り立ちを江津匡士氏がデザインし、2階の書斎には義一郎の出版物と共に、法学者の白田秀彰先生による「なりきり義一郎」まで在宅。1階の寝室だった和室では「なりきり寫眞館」なるものまで。こちらは音楽史研究家の郡修彦氏と日本モダンガール協會の淺井カヨ氏の丁寧なサポートと写真家の新関淳氏のおかげでなりきったお客様の多かったこと。

そうそう、写真の整理がついてないのですが、国立の小売個人業者による人気のゆる市のご協力や、深水 郁(vo)×石井奏碧による演奏會では「にんにく卵黄健康家族」まで聞けてしまいました。ホント考えもしなかった大盛況に幕を閉じたイベントでした。10日間の会期を終え、延べ3,000人超の方々にお越しいただいたようです。次々とメディが協力くださるという副次的な効果もすごかったです。

「高田義一郎」研究は今後も引き続き続けられようです。まとめたものは一冊の本となるかもしれません。そちらの応援も今後ともどうぞ、よろしくお願いします。

「くにたちかげん」はあいかわらずゆるく、大学町の物語をつむぎながら、コトづくりを進めたいものです。もちろん、谷保村からわけてもらった土地を活かした大学町ということを心にとどめ、地元住民を巻き込んだものをつくっていきたいですね。まだまだ書きたいことはありますが、ここで一回、筆をおきます。パソコンを閉じるというか。。。

で、これまで知られてこなかった高田義一郎さん。著書はいまだに古本屋で販売されてますし、当時はマスコミにも一筆書くような有名人だったようです。死亡記事がでたぐらいですから。なのに、Wikiさえ作られていないということで、旧高田邸のこと、義一郎氏ご本人のことなどを公式カタログに収めることになりました。
予算ゼロから始めたプロジェクトですが、カタログ製作となるとますますコストがかさみます。完成したカタログがほしい!!と思われる方、ぜひクラウドファンディングで旧高田邸プロジェクト実行委員会を応援していただけますと幸いです。
どうぞ、よろしくお願いいたします。

クラウドファンディング、終了しました。どうもありがとうございました。